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SMART通信 2018 Vol.4 Repo.1

SMART通信 2018 Vol.4 Repo.1

SMART APPLICATIONS ZONE

SEMICON Japan 2018 未来を探る視点1
AIチップが変える半導体産業を取り巻く景色

 

株式会社エンライト 伊藤元昭

 

AIチップの開発が花盛りだ(図1)。2018年に入って、開発に参入する企業は増える一方である。1990年代以降の半導体市場は、パソコンやスマートフォンに搭載する汎用プロセッサーを中心に回ってきたと言える。これが近い将来、AIチップを中心に回り始めるようになるのではと思えるほどの盛り上がりである。

AIチップとは、機械学習や深層学習の処理を無駄なく実行できる回路構成を採用したチップのことだ。AI関連の処理に向いたチップとして、GPUやFPGAがよく知られる。これらはAI以外の用途でも利用することを想定した汎用チップである。より多くの応用で活用できるようにするための冗長性を持った内部構造を採用しているため、AI関連処理の効率だけに注目して見れば、どうしても無駄な部分が目立ってくる。

図1:AIチップ

図1 AIチップの開発に参入する企業が相次いでいる
出典:Apple社とGoogle社

 

これに対しAIチップは、不必要な内部回路を極限まで削ぎ落として、その分、ニューラルネットの再現に必要な積和演算器や特殊演算器を数多く並列搭載した構造を採ることで演算効率を高めている。このため、開発したアルゴリズム(処理手順)に最適化した専用チップを用意できれば処理効率をケタ違いに向上させることができる。

 

AIチップの開発は巨大IT企業が先導

自動運転やIndustry 4.0、マーケティング、医療、農業、安全保障などAIの活用で、イノベーションが起きるとされる分野は枚挙にいとまがない。AIの影響を受けない業種を探す方が難しいくらいだ。当然、AIを搭載したシステムやそれを活用したサービスを提供する企業には巨大なビジネスチャンスが生まれる。こうした成長確実なビジネスを、より有利に展開するための武器となるのがAIチップなのだ。

パソコンやスマートフォン向け半導体では、米Intel社や英ARM社など半導体業界の企業が業界標準仕様のチップやコアを開発し、機器メーカーに提供していた。これに対しAIチップでは、ネットサービスやクラウドサービスを提供する巨大IT企業が独自仕様のチップを設計している。「GAFA」と称される米Google社や米Amazon.com社、米Facebook社、米Apple社、さらには中国のBaidu社、Alibaba社など、世界中の多くのIT企業が独自AIチップの開発に着手している。もちろん、米Intel社、韓国Samsung Electronics社、英ARM社、ルネサス エレクトロニクス、台湾MediaTek社など半導体メーカーも、自社仕様のAIチップやコアを開発している。しかし、動きが目立つのは圧倒的にIT企業の方だ。これには理由がある。

 

AIチップは「富山の置き薬」

AI処理には、教材データからAIが学ぶ学習処理と学んだAIが様々な判断を下す推論処理がある。現在盛んに開発されているのは、このうち推論処理向けのAIチップである。多くのAIは、推論処理はデータを取得する現場、IoTシステムでいうところのエッジ側で、学習処理はクラウド側のデータセンターで実行するケースが多い。エッジ側で推論処理ができれば、リアルタイムな判断が可能になり、セキュリティーの確保も容易で、無闇にネット・トラフィックが増大することもない。

多くのIT企業が独自のAIチップの開発に走っている理由は、自社のAIサービスの仕様に紐付いたAIチップが広く、数多く普及すれば、事業を有利に展開できるからだ(図2)。

例えば、Apple社や中国Huawei社は、自社製スマートフォンのアプリケーション・プロセッサーに自社開発のAIコアを搭載している。これは、現時点でのスマートフォン市場での高いシェアを強みにして、将来、自社のAI応用サービスを有利に展開するための布石である。ユーザーが、自分のスマートフォンで最も快適に動くAI応用サービスを選ぼうとすると、自然とその会社のサービスを使わざるを得なくなるように仕向ける狙いである。自社の薬箱を各家庭に配り、利便性の提供と引き換えにユーザーを囲い込む「富山の置き薬」に似たビジネスモデルだと言える。

 

図2

図2 独自AIチップで自社のAI関連サービスを有利に展開するための素地を作る

(左)Apple社の新製品発表イベントでのAIコアを搭載した独自チップ「A12 Bionic」
(右)Google Cloud Next‘18で発表されたGoogle社のエッジ用AIチップ「Edge TPU」
出典:Apple社とGoogle社

 

一方、クラウドサービスがビジネスの中心のGoogle社は、推論処理向け独自AIチップ「TPU(Tensor Processing Unit)」と学習処理向け「Cloud TPU」を開発し、両方をネット上で提供するサービスに活用している。推論用のTPUは、検索、翻訳、画像ストレージなどのサービスに適用し、快適なサービスを提供すると同時にユーザーから様々な情報、言い換えればAIが学習するためのデータを集めている。そして、Cloud TPUを使って集めたデータを教材としてAIを学習させ、推論の精度を高めて利便性をどんどん向上させていく。

Google社のAIチップを使った戦略はこれで終わりではない。今後IoTの活用が広がると、AIの教材データは、ネット上だけでなく現実世界からも取得できるようになる。Google社は、2018年7月、エッジデバイス用のAIコア「Edge TPU」を発表し、半導体メーカーへの提供を開始した。半導体メーカーに、Google社の高度なAI応用サービスを活用するのに適したEdge TPUを搭載したマイコンを開発してもらい、これを組み込んだIoT機器を普及させることで、同社版の「置き薬」を現実世界に広げようとする狙いである。

 

GAFAの野望を阻む、個人情報保護規制の強化

機械学習や深層学習をベースにしたAIは、莫大な量のデータを学習させることで高い精度で推論できるようになる。質が高い教材データを、なるべく多く集めることができる企業が、AIビジネスをリードすることになる。そして、現時点で最も有利な位置についているのがGAFAである。ただし最近、世界の多くの国々の政府が、GAFA流のデータ活用法に待ったを掛けるかのような動きを一斉に始めている。その動きは大きく2つに大別できる。いずれも、今後のAIの利活用、ひいてはAIチップのあり方などに大きな影響を与える動きになりそうだ。

1つめの動きは、個人情報やプライバシーを保護する規制の強化である。例えば、ECサイトでの買い物の履歴情報は、個人情報の一種だと言える。これまでネットサービスを提供するIT企業は、サイト上の分かりにくい場所に情報の取得の許諾とその利用目的を記しておくだけで、こうした個人情報を比較的自由に取得し、おすすめ商品の広告の表示などに利用できた。こうして得た個人情報は、AIの学習データとしても使われていたのである。

個人情報保護規制の強化は世界の潮流となり、この状況は一変した。日本では2017年5月30日から改正個人情報保護法が施行され、欧州でも「EU一般データ保護規則(General Data Protection Regulation:GDPR)」が2018年5月25日に施行された(図3)。これらはいずれも、多くのIT企業にビジネスモデルの見直しを迫るほど厳しい内容だ。

 

図3

図3 EU域内の個人情報の取得と活用を大きく制限するGDPRが施行された
出典:Adobe Stock

例えば、GDPRでは、IPアドレスやMACアドレス、Cookieなどオンライン識別子も、個人情報として扱われるようになった。そして、個人情報を取得する際に同意を取ることを怠った場合、目的外の利用をした場合、EU居住者の個人情報をEUが認めた国以外に持ち出した場合には、2000万ユーロまたは年間総売上金額の4%のうち高い金額を上限とした制裁金が課される。さらに今後、「eプライバシー規制」と呼ぶさらに厳しい規制が施行される見込みである。この規制は、IT企業が個人情報に類するデータをかき集めるために多用してきた手法を全否定するような内容になっている。

 

「データは国の財産」という新たな思想

もう1つの動きは、データ・ローカライゼーションと呼ばれる、自国内で生まれたデータは国家の財産であり、ネットを通じた他国の勝手な利活用は許さないという考えに基づく規制である。中国の「サイバーセキュリティ法」やロシアの「情報技術・情報保護並びに個人情報保護に関する連邦法」がその典型例だ。これらは、自国の重要機密データの保護や検閲の容易性、自国の産業保護を狙ったものだ。

データ・ローカライゼーションは、今後、AI技術の育成や関連サービスでの競争力を醸成する際に極めて大きな影響を与える可能性がある。例えば、中国は世界の工場とも呼ばれる、ものづくりに関する莫大なデータが日々生まれている場所だ。ものづくりに関連したAIは、中国でこそ賢く育つことになるだろう。また、市場や人口の巨大さを考えると、自動運転やインフラ制御、医療・ヘルスケアなどあらゆる分野のAIの学習で中国企業がリードする可能性がある。当然のように、AI応用サービスに紐付いたAIチップの開発も中国企業が世界をリードすることになる未来も見えてくる。

デバイスメーカーに代わり、IT企業が主導する半導体開発。欧米ではなく、中国を中心に進む技術とサービスの進化。AIチップの開発を巡って、半導体産業を取り巻く景色は一変する可能性がある。半導体業界のみならず、様々な業界から出展社や来場者が集まるSEMICON Japan 2018の会場内で、こうした変化の兆しが感じられるかもしれない。

 

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